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富士スピードウェイは、私が生まれて初めて足を運んだサーキットである。高校のマラソン大会でのことだった。このときの第一印象が「ゴム臭い」だったことを、今でも鮮明に覚えている。なので、今回のF1観戦では、私が初めてサーキットを訪れたときの印象と、F1観戦のために9年ぶりに訪れた思い出の地の印象がどう異なるか、それを特に嗅覚で感じ、そしてナマのF1が私の五感にどう響くのかを楽しみに、富士の裾野を目指した。また、30年ぶりにF1が富士にやってくるその最初の年に、このような素晴らしい形で夢を実現できたことが、うれしくてたまらなかった。ナマのF1を見るのはこれが初めてだったので、当日はすべてが新鮮で、感動の連続だった。そこで、この観戦レポートでは、ナマF1初体験だからこそ感じられたことを綴ることにした。F1観戦デビューを予定している方々に、少しでも参考にしていただければありがたい。
強く意識しすぎたせいだろうか。9年ぶりに訪れた富士スピードウェイは、拍子抜けするほどゴムの匂いがしなかった。予想に反して、金曜日の朝はサーキットに特徴的な匂いを感じることもなく、想像していたほどの人混みもなく、「ついに来たぞ!」というドキドキ感の他に、私の五感に響くものとはなかなか遭遇しなかった。そんな中、最初に刺激された五感は聴覚。会場の外周道路を歩いていると、サーキット側から何かの爆音が聞こえてきた。覗いてみると、走っていたのはセーフティカー。当たり前の光景なのかもしれないが、入念にコースをチェックするセーフティカーを見るのも、ナマF1初体験の私にとっては新鮮なこと。最初に実感した“F1らしさ”であり、五感の中で最初に刺激されたのは、聴覚、セーフティカーの爆音だった。
プラクティス1の前、金曜日朝に最初に行なわれたイベントは「Pit Lane Walkabout」。これは、ピットレーンを歩き、各チームのガレージを覗いて回れる時間のこと。トヨタのガレージ前では(私たちはトヨタのブースへの客だったので)、ガレージにギリギリまで近づいての見学が許された。普通、この時間帯にエンジンを始動することは少ないそうだが、私がピットレーンに下りたときには、すでにエンジンを始動しているチームもあり、さっそくF1エンジンの爆音を聞くことができた。トヨタのガレージでもエンジンのチェックが行なわれていた。エンジンが始動されてしばらくすると、あたりに排気ガスの匂いが漂ってきた。今回、私の嗅覚を最初に刺激したのは、この排気ガスの匂いだった。密かに楽しみにしていた嗅覚がようやく刺激され、うれしかった。実は、今回サーキット内で最も印象的だった匂いは、このF1エンジンの排気ガスの匂いだった。
![[写真1]](img/index_07_pic_01.jpg)
その後、プラクティス1が始まったとき、私はVIP指定席の室内にいた。1台、また1台……とコースインしていき、メインストレートを力強く駆け抜けていく。TF107のコースインを待ちわびていると、パナソニック・トヨタ・レーシングのチームクルーがピットレーン側に出てきた。そして、初期チェックを終えたトヨタの2台が、いよいよ本格的な走行を始めた。私も自らの手で、疾走するTF107をカメラに収めるべく、ピットレーンの真上に位置するパドッククラブ3階の吹き抜け部分へと向かった。私はそのとき、パドッククラブの室内の防音性能がどれだけ素晴らしいのかを思い知った。F1マシンがストレートを全開で駆け抜けるときの爆音は、私の想像をはるかに超えていた。雷鳴が轟くというか、飛行機が至近距離で飛び立つようなというべきか、どれくらいすごいかを言葉にするのは難しい。こればかりは、是非とも耳栓持参でサーキットへ足を運び、肌で感じてほしい(ちなみに、前座レースでポルシェカップが行なわれていたが、F1のプラクティス後に聞いたポルシェの爆音は、とても小さく聞こえた)。F1マシンの爆音のすさまじさは私もある程度覚悟していたつもりだったが、認識が甘かったと言わざるを得ない。なんと言っても、F1マシンが駆け抜けるたびに、手に持ったデジカメからビリビリと振動が伝わってきたのだから驚いた。
これがF1か……。
そんな実感を与えてくれた、触覚までも刺激されるほどのすさまじい轟音が、私にはとても新鮮かつエキサイティングで、実に心地よかった。
寒かった。
好天に恵まれた金曜日とはうって変って、土曜日はとても寒かった。そして、こんな天気の場合はレインコート+長靴で行くべきだったと、座席にたどり着いてから思い知った。しかし、語らずにおけないのは、寒さよりもむしろ霧。プラクティス3の寸前に、視界不良のためドクターヘリが飛べず救護体制を整えられないので、セッション開始が遅れるというアナウンスがあった。予定から30分近く遅れてだっただろうか、数台がコースインしたが、しばらくするとセッション中断のアナウンスがあった。霧は深くなる一方で、私が座っていたP席(最終コーナーを立ち上がったあたり)からは、あっという間にパドックエリアが見えなくなった。それどころか、13コーナーからネッツコーナーにかけての一帯すら見えなくなり、最も霧が濃くなったときは目の前にあるメインストレートのアスファルトがどうにか見える程度。挙句の果てに、土曜日の予選が中止になった場合の日曜日のスケジュールまでがアナウンスされる始末だ。違った意味での興奮が混じった、異様な雰囲気だった。悪天候によるスケジュール変更があったとしても、テレビ放送では「天候の影響により予選が予定より遅れて」と説明する程度だろう。しかし現場では、予選開始が正式にアナウンスされるまでは、予選中止が真剣にあり得たので、とてもドキドキした。そして、静まりかえったサーキットのあの異様な雰囲気は、ナマF1ならではの臨場感だった。ただ、深い霧に包まれたサーキットの静寂も、何度か破られることがあった。予選が始まるまでの間、路面状態の確認のためだろうか。セーフティカーや富士スピードウェイのオフィシャルカー(オフィシャルカーが発売前のレクサスIS“F”だったことを後日知る)が何度も走っていたからだ。繰り返しになるが、ナマF1初体験の私には、このようなセーフティカーの登場も、新鮮かつエキサイティングだった。この時点では、まさか決勝レースでセーフティカーをあんなにも長時間見ることになるとは、予想だにしていなかったが……。
![[写真2]](img/index_07_pic_02.jpg)
いよいよ予選が始まって各車が続々とコースインしてくると、サーキット全体が振動し始めた。そしてあの匂い。F1エンジンの排気ガスの匂いが、観客席まで漂ってきた。マシンを目で追い、エンジンサウンドを耳と肌で感じ、その排気ガスの匂いを楽しみながら、私はTF107を撮影すべくカメラを構えた。しかし、これがなかなか難儀だった。撮影で難儀した理由の一つが、マシンのカラーリングだ。P席からは、13コーナーを立ち上がってネッツコーナーに進入してくるあたりからマシンが見えたので、TF107を肉眼で確認したら、あとは近くに来るまでデジカメのファインダーで追いかけた。しかし、トヨタファンとしてお恥ずかしい限りだが、シャッターを切るときにTF107とスーパーアグリのSA07を何度も間違えてしまった。「間違えた!」と思ったときには、肝心のTF107は轟音と共に走り去り、シャッターが間に合うはずもない。これがとても悔しかった。さらに、観客席からではレースの経過が分からないのも困った。テレビなら、国際映像で画面の左端などに順位が表示されるので、各マシンの順位を確認しながら観戦できる。サーキットにも一応大型スクリーンはあるが、残念ながら私がいた場所からは、そこまでよく見えなかった。ならばFM放送で……と思ったが、F1マシンが奏でる轟音の協奏曲にかき消され、ラジオなどまったく聞こえない……。皮肉なことに、私の目の前で熾烈な争いが繰り広げられていたにも関わらず、次々とタイムが更新されていくあの予選の臨場感はほとんど味わえなかった。なので、ナマのF1観戦を予定している方は、これの対策を講じておくことをお勧めする。また、テレビ観戦とナマ観戦とで決定的に違ったのが、時の流れ。レースの経過がまったく把握できず、TF107の写真を撮ることにだけ夢中になっていたからだろうか。テレビで見ているとけっこう長く感じる予選の各ピリオドが、サーキットではあっという間に終わってしまった。
![[写真3]](img/index_07_pic_03.jpg)
日曜日もあいにくの雨。予定されていたブルーインパルスの展示飛行が中止され、加えてP席からは自衛隊によるマーチングバンドがまったく見えない。日曜日は華に欠けた幕開けとなり、正直がっかりした。しかし、富士の裾野に降り注いだ雨は、別の興奮を用意しておいてくれた。なんと、決勝レースの開始が、セーフティカー先導によるローリングスタートとなったのだ。私がF1を見るようになってから、レース開始がローリングスタートだったGPは記憶にない。決勝当日も好天に恵まれなかった不幸中の幸いとでも言おうか、ナマF1初体験にして、非常に珍しい光景を目の当たりにすることとなった(写真上)。
レースが始まると、セーフティカーに先導されているにもかかわらず、メインストレートでは激しい水煙が巻き上げられた(写真中)。雨天のサーキットでレースカーが巻き上げる「ウォータースクリーン」をナマで見るのもこれが初めて。その迫力は、高速道路で乗用車が巻き上げるそれとは比べものにならなかった。富士、雨、ローリングラップ、ウォータースクリーン……1998年5月の太田哲也氏のクラッシュを思い出す。果たして決勝レースは無事に進行するのか、周回を重ねる各マシンを、固唾を呑んで見守った。レースが始まって何周目だっただろうか。私はウォータースクリーンのある変化に気付いた。ピットへ向かうマシンが走行ラインを外れたとたん、ピットレーンの入り口付近は走行ラインよりも明らかに激しい水しぶきを巻き上げていたのだ。おかげで、走行ラインは水が減っていることに気付くことができた。ドライバーの視界を奪うあの危険きわまりない水の壁に、刻々と変化する路面状態の変化を実感させられたのも、テレビ観戦とはちょっと違う臨場感を味わえた瞬間だと思う。
重大な事故こそ発生しなかったものの、雨に翻弄されたレースはやはり荒れ模様だった。スピンや接触が何度もあり、ついには42週目にアロンソがクラッシュし、再びセーフティカーが出動した。その直後、私はある違和感を覚えた。サーキットが静かになったからである。レース中は引っ切りなしにマシンが通過するため、常に轟音が鳴り響いている状態。だが、セーフティカーランの間は各マシンが一団となって走行するため、観客席前が静かになる瞬間があった。テレビ放送では常に爆音が聞こえているので、セーフティカーランの間もレースが続いている実感がある。しかし、サーキットではマシンも見えず、音もせず、クールダウンする瞬間が発生する。これもテレビ観戦では味わえない、ナマだからこその体験であり、レース中なのに突如静かになるという、不思議な感覚だった。テレビに映らないと言えば、私がいたP席の真下の通路を通るちょっと意外なものを目にした。それは、リタイアしてガレージへと引き上げるドライバー。土曜日には、ドライバーだけでなく、クラッシュを喫しトラックの荷台に載せられたTF107も、残念ながら私の目の前を通過していった。とても複雑な心境だったが、テレビ観戦ではなかなかお目にかかれない光景に思わずカメラを向けた。それは、観客席からドライバーやマシンが最も間近に見えた瞬間でもあった。
![[写真4]](img/index_07_pic_04.jpg)
![[写真5]](img/index_07_pic_05.gif)
富士の天気に翻弄され、いろいろな意味で記憶にも記録にも残るであろう一日も、「60回余(2台合わせれば100回余)のシャッターチャンス」を狙ううちに、あっという間に終わってしまった。夢見心地とはこういうものだろうか。レース中はせっかく目の前をF1マシンが走っているというのにF1を見ている実感がなかった。でも、この観戦レポートを書いていたら、間違いなくF1を見てきたという実感がわいてきた。トヨタが上位に食い込んでくれなかったのが残念だった(欲を言えば、トヨタのドライバーとして富士の表彰台に上るラルフを見たかった)が、それでもこの3日間の体験はとても素晴らしかったし、なによりもF1が、より身近なものになった。私は身体全体でF1を堪能し、言葉では語り尽くせないほどの興奮と感動を味わえた。轟音がデジカメさえもビリビリ言わせて私を魅了し、ゴムではなくF1エンジンの排気ガスの匂いを印象づけてくれた、2007年F1日本GPを、私は一生忘れない。

